しゅふまるこ

3人の子供を持つアラフォー主婦です。子育ての事、節約の事、副収入の事、ブログの事、普通の主婦目線で日々感じている事を書いています。

子供の頑張りを認めてあげよう

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私がまだ社会人2年目だった頃の話です。

仕事の悩みを男友達にした時に言われたんです。

「要するに、認められたいんだな」って。

内容をよく覚えていないのですが、その言葉にハッとしたのを覚えています。

「認められる」ってどういうこと?

私、認められたかったの?

そもそも私って、今まで認められたことあるのかな?

 

褒められた事のない子供時代

  

私は子供時代、親から褒められた記憶がありません。

もしかしたらあったのかもしれませんが、それ以上に叱られる事が多かったのか、全く覚えがないのです。

「がんばってるね」

「毎日練習して偉いね」

「お使いに行ってくれて助かったよ」

そんなささいな言葉をかけてもらった記憶がありません。

「認められる」って?褒められる事?

似ていますよね。

でも、「認められたいんだな」と言われた時

「そう! そうなの! 私、認められたいんだ」

って思ったんです。

認められたいという欲求の事を「承認欲求というそうです。

その時の私は初めて今まで認められていなかった事に気付いたわけです。

 

承認欲求に気付いた事で何かが変わった

 

今思えば自分が「認められたい」という欲求があると分かった所から、人生が変わった気がします。

それまでは、何だかわからないけど「欲求不満」だったからです。

でもその欲求不満の正体が「承認欲求」だったとその時わかったんです。

おそらく、あまり頑張った事のない私が仕事を頑張った為に生まれた気持ちだったのだと思います。

子供時代は勉強もスポーツも「頑張った」という記憶がありません。

落ちこぼれでもありませんでしたが、今思えば頑張ってはいなかったです。

要するに、

努力する→結果がでる→認められる→もっと努力する

もしくは

努力する→努力を認めてもらえる→努力する→認められる

というサイクルが私の幼少時代になかったんです。

 

勉強はがんばらなかった私ですが、どうして仕事はがんばったのか。

それはちょうど会社のシステムが変わる時でパソコンが出来る人がおらず、やむなくスクールに通って頑張ったのを覚えています。

パソコン作業をいちいち人に聞くのが嫌だったんです。

だったら、自分で勉強してやる!という気持ちでした。

 

「頑張る事で認められる」というスタンスが大人になってやっと出来たという訳です。

遅すぎますけどね💦

 

幼少時代に認めてもらえたならば、早い段階でいいサイクルができたのではないか

  

私の後悔の一つに、「何でももっと頑張ればよかった」というのがあります。

何々を頑張ればよかったではなく、何でもです。

なんで頑張らなかったのか、それは頑張り方を知らなかったから。

早いうちに承認欲求が満たされていたら、もっと違う人生になっていたかもしれません。

それでも20代に気が付いた事で、その後の人生は変わりました。

その「気付き」がなかったら旦那とも出会っていなかったでしょう。

旦那は努力家です。

「バンド」という趣味を通して出会いましたが、当時は趣味にも全力投球でした。

そもそも、バンドって、各パートが頑張って練習しないと「音楽」になりませんものね。

 

子供の頑張りを認めてあげよう

 

これは、「褒めて育てる」というのと同じ事だと思いますが、例え結果が出なくても

「毎日宿題をやって偉いね」とか

習い事がたとえ上達しなくても「続けていることが凄いよ」とか色々あると思うんです。

そうする事で、子供は承認欲求が満たされ、「頑張れる子供」に育つのではないかと思うのです。

私も子供が3人いますが、余裕がある時はなるべく褒めてあげたいと思っています。

3人目はさすがに心の余裕があるようで、「生まれてくれてありがとう」と存在自体の感謝の気持ちを伝えます。

その子を見ていると、「認められている」事が生きる上でどんなに大切かがわかります。

実に生き生きとしていて、何事にも意欲的です。

 

自分を認められる「自己承認」があって、さらに他者からも認められたい、役に立ちたいという「他者承認」を満たせるように頑張る。

そんなサイクルができているのだと思います。

 

上の子供達は叱る事が多いせいか「意欲」の面がイマイチです。

もっと褒めてあげて、子供のやる気パワーを引き出してあげなければと思っています。

 

子供には、後悔はしてほしくありません。

 

 

長くなりましたが最後まで読んでいただき、ありがとうございました。